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東京高等裁判所 昭和57年(う)763号 判決 1982年9月21日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

理由

弁護人の控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人が被害者と肉体関係を結ぼうとして拒否されたことから、原判示のホテル南側の出入口付近の敷地内で原判示の暴行を加えて同ホテル内に引きずり込もうとした旨認定し、右所為をもつて強姦の実行の着手にあたるとして刑法一八一条(一七九条、一七七条前段)を適用し、被告人を強姦致傷罪に問擬しているが、被告人の加えた暴行はホテル内の一室に連れ込むための手段で、その場で姦淫するためにしたものではなく、また、同ホテルは付近に飲食店等の密集する盛り場内にある八階建の建物であり、暴行を加えた場所は客が常に出入りする出入口付近で、肉体関係を持とうと意図したホテル内の部屋に達するには、途中、同ホテル裏手の自動扉を通過して一階事務室前に至り、同所からエレベーターを利用して客室のある階上に上らなければならず、しかも、この間、ホテルの従業員と顔を合わせ、他の客にも出会う可能性があり、このようなホテルの構造、部屋までの時間的・場所的間隔並びにこの間他人に出会うという障害を考えると、被告人の所為は強姦の準備的・予備的行為にすぎず、いまだ実行の着手があつたとはいい難いのであるから、原判決には、この点において、法令の解釈・適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで検討するに、関係証拠によると、本件犯行の顛末として、次の事実、すなわち、

1  被告人は、昭和五七年一月八日の午後一時ころ友人と二人で神田駅近くのスナック喫茶「蛙の子」に入つて午後六時ころまで飲酒し、その後、この間接客に当たつた被害者外二名のホステスを誘つて近くの寿司屋で食事を振る舞い、午後七時ころ同店を出て別れる際に、国電秋葉原駅から電車に乗つて帰宅するという被害者を、上野に用事があり同じ方向だから送つてやるといつてタクシーに便乗させて、秋葉原方面に向かつたが、同女が地理不案内で秋葉原を通過するのに気付かず、かれこれするうちに上野駅近くまで来たことから、この機会に同女を口説いて肉体関係を結ぼうと考え、そのような下心のもとに、「もう一軒行こう」などと誘いながら、渋る同女の気持ちを意に介せず、タクシーを本件現場である西浅草三番四号所在の「ホテルユニバーサル」に向けて走らせた。

2  同日午後七時四五分ころ、同所に着いて下車した同女は、そこがいわゆるラブ・ホテルの前であるのに気付き、とつさに被告人の意図を察知し、身の危険を避けるためその場から走つて逃げ出した。これを見た被告人は、諦めるどころか、ここまで来たうえは力づくでもそのホテルに連れ込んで無理矢理に肉体関係を結ぼうと決意し、逃げる同女を追いかけ、人通りのほとんどない路上で後方から両腕で抱きつき、大声で助けを求めて抵抗する同女を抱き上げ引きずるようにして、同ホテル裏手出入口門から敷地内に引つ張り込んだ。

3  同所はくぐり門の内側で表通りからは死角となつているうえ薄暗い場所で、同女はそこに引つ張り込まれる際、門壁の角にしがみつき、座り込むなどして懸命に抵抗するうちに、その場に押し倒されたが、ホテル内に連れ込まれたら最後だと思い、大声で助けを求め手足をばたつかせて必死に抵抗したものの、これに対して被告人は、同女の腹の上に馬乗りになり、肩を押えつけ、「騒ぐな」「騒いでもホテルの中だから誰も助けに来てくれない」「やらせろ」などと繰り返して怒号しながら、手拳でその顔面を数回殴打する暴行を加え、更に強引にキスすれば抵抗を断念するだろうと思い、同女の着用していたブラウスの胸元に手を入れてボタンを引きちぎつて前部を開き、ブラジャーをずらして乳房をつかんでもみ、その頭髪を両手で押え込んでその唇にキスするなどの行為に及んだ。しかし、同女がなおも泣き叫んで助けを求めるうち、たまたま付近を警ら中の警察官が叫び声を聞きつけて犯行現場に駆けつけ、馬乗りになつている被告人を引き離して被害者を救出したため、被告人はその目的を遂げることができなかつたが、その際、右暴行により被害者は全治約一週間を要する原判示傷害を負つた。

以上の事実を認めることができる。

右の事実関係に徴すると、被告人は被害者が逃げ出すのを見るや、力づくでホテル内の一室に連れ込んで強姦しようと決意し、右犯意に基づき、同女を路上からホテルの裏門内に引つ張り込み、同所において、大声で泣き叫んで助けを求めて強く抵抗する同女に対し、前叙のような強力かつ執拗な暴行を加えて、遮二無二同女に抵抗を断念させようとしたものであつて、被告人にはあくまでも強姦の目的を遂げようとする強固な犯意のあつたことは明らかであり、しかも、被告人の前示暴行は、強姦のための反抗抑圧の手段たる行為として定型性に欠けるところはなく、強姦罪の実行の着手があつたと認めるのになんら妨げがないものといわなければならない。もつとも、本件は、被告人においてその場で姦淫に及ぼうとしたのではなく、ホテル内の一室に連れ込んだうえ、その目的を遂げる意図であつたから、右の暴行は直接姦淫行為の一部に属するものではなく、また、暴行を加えた場所からホテル内の一室に至るには、若干の時間的・場所的な間隔があり、この間従業員に顔を合わすことなども避けられないであろうことは所論のとおりである。しかしながら、被害者が暴行を受けた場所は、右ホテルの敷地内であり、右場所からホテルの裏口自動扉までは僅か五メートルしかないうえ、被告人が被害者に加えた暴行脅迫が極めて強力かつ執拗であつたことからすると、もしもそのような状況がいま少し継続していれば、被害者の抗拒が著しく困難な状態に陥り、諦めの心境も加わつて被告人によつてホテル内に連れ込まれる事態に至る蓋然性が高く、そうであれば、同ホテルが普通のホテルではなく、従業員らにおいて顧客の男女関係について容喙を差し控えるであろうラブ・ホテルであることとあいまち、密室同然のホテルの一室で強姦の結果が発生する客観的危険性が高度に存在していたと認めるのが相当である。

してみると、被告人が原判示暴行を加えた段階においてすでに強姦行為の着手があつたと解するのが相当であり、原判決が被告人の本件所為を強姦致傷罪に問擬したのは正当というべきである。原判決には所論のような法令の解釈・適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点(量刑不当の主張)<省略>(量刑不当の主張を容れて、懲役二年六月の原判決を破棄し懲役二年とした)

(寺澤榮 尾﨑俊信 仙波厚)

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